５話　最強の力と、最強のドラゴン

「……偶然、魔物や魔獣に出会わなかっただけです」

　ドラゴンが目を細める。その瞳には、明確な不信感が宿っていた。低いうなり声が、彼の足元から響く。

「そんなわけがないだろう！」

　強く言い返されても、どうしようもない。実際本当に、偶然出会わなかっただけなのだから。彼はただ、小さく肩をすくめることしかできなかった。

　しばしの沈黙が流れた後、ドラゴンはふっと鼻を鳴らした。その仕草は、どこか諦めにも似ていた。

「まぁよい。久しぶりの客人だ。遊んでやるとしよう」

「……え？」

　その言葉を聞くや否や──

　強烈な尻尾の一撃が、彼の体を襲った。風を切る音が耳元を掠め、一瞬で視界が反転する。

　吹き飛ばされ、彼は洞窟の壁に激突する。大きな衝撃音とともに、壁には穴が開くほどの威力だった──が、

　……かすり傷ひとつない。

　彼は立ち上がりながら、自身の状態を確認する。服に土がついている程度で、痛みも全くない。全身に満ちる力が、彼を安堵させた。

「ふぅ～ん……さすが能力値すべて最大だな。あの攻撃を受けても無傷か……」

　ドラゴンの瞳が、驚きと共に鋭く光る。その漆黒の目の深紅色の瞳孔が、僅かに収縮した。

「多少は手加減したが……無傷とはな。貴様、本当に人間なのか？」

　彼は少し困惑しながら、肩をすくめる。この状況で、どう答えるのが正解なのか。

「……人間のはずですが？」

（なんか面倒になってきたな……）

　そう思いながらも、ふと、もっと根本的なことに気づく。

「……って、ドラゴンが言葉を話すのか！？」

　今更ながら、その事実に驚愕する。自分に翻訳スキルがあるのか、それともドラゴンが本当に人間の言葉を話しているのかは分からない。だが、不思議と恐怖心はない。これほど巨大なドラゴンを前にしても落ち着いていられ、こうして普通に会話できている。

（話して分かってもらえそうにないし……もし仲良くできたら、話し相手になってくれて楽しく過ごせたかもしれないな）

　一瞬、そんな考えが脳裏をよぎるが、すぐに思い直す。このままでは、いつまで経っても終わらないだろう。

（これ以上、話していても仕方ない。倒すか……）

　ドラゴンに攻撃が通じるかは未知数だが、試すしかない。先ほど試した遠距離射撃を応用し、野球ボールほどの弾丸をイメージして作り出し──

　狙いを定める。彼の瞳に、決意の光が宿った。

「撃つ！！」

　次の瞬間、弾丸はドラゴンの肩に直撃──

　ズガァン！！

　見事に貫通し、鮮やかな血が宙に飛び散った。肉が裂ける鈍い音が、洞窟に響く。

　ドラゴンの目が驚きに見開かれる。その巨体が、一瞬、ぐらりと揺れた。苦痛に顔を歪めるような仕草を見せる。

「なんだと！？　……何をした！！」

　彼は淡々と答える。

「え？　ただの攻撃ですけど？」

「ドラゴンの我にダメージを与えられるどころか、肉体に傷をつける人間などいるものか！」

　咆哮するような声が、洞窟内に響き渡る。その声には、怒りよりも困惑と、そして微かな恐怖が混じっていた。

　ドラゴンの体には莫大な魔力が流れている。鱗や表皮に宿った魔力が、物理・魔法攻撃をも通さず、まるで強固なバリアのように機能していた。

　だが、彼の攻撃は、そのレベルの差が圧倒的すぎた。ドラゴンの魔力防御を容易に上回り、まるで紙切れのように貫通してしまったのだ。

「次は、頭を狙って終わりにしますか……」

　静かにそう告げ、彼は再び狙いを定める。その言葉と、彼の瞳に宿る揺るぎない決意に、ドラゴンの目に明確な恐怖の色が走った。巨大な体が、わずかに震える。

「や、やめてくれ！！ 我の負けだ！ 降参する！」

　慌てたような声が、洞窟に響き渡る。その威厳ある姿は、もはや見る影もない。

「いきなり攻撃して悪かった！！　許してくれ！　眠りの邪魔をされ、少し気が立っていた……だけなのだ」

　彼は少し考えた後、肩をすくめる。無益な殺生は避けたい。降伏するというならば、仲の良い隣人になれる……かもな。と思った。

「そう？ もう攻撃してこないのならいいよ。ボクは帰るから」

　ドラゴンは一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに安堵の息を漏らした。巨大な体が、緊張から解放されたように弛緩する。

「……感謝する。我にできることがあれば言ってくれ。ぜひ協力しよう」

　彼は静かに首を振る。

「今のところないよ。それじゃ、またね」

　そう言い残し、彼は洞窟を後にした。洞窟のひんやりとした空気が、次第に温かい外の空気へと変わっていく。

♢新たな拠点と生活の基盤

　洞窟を出て、家へ帰る頃には、空は茜色に染まり、やがて夜の帳が降りようとしていた。西の空に沈む夕日が、山々を赤く染め上げる。

　部屋の中にはベッドしかない。水道もなければキッチンもない。料理をするには、外で焚き火を使うしかないのが現状だ。

「のんびりした生活も悪くないけど……毎日、焚き火で料理ってのも、正直ツライよな」

　しばらく、ここで暮らすことになりそうだし、簡単な調理場くらいは作っておいた方がいいかもしれない。明日にでも考えるか──彼はそう思い、夜空を見上げた。